竹工房資料室 佐々工房
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平成26年5月(2014年)
一貫張り教室に参加して
◇一貫張り講座に出会う
 花籠を作るとき、それにあわせて落としもつくります。落としは花を挿すために籠の内側に入れる容器です。竹の表面を鉈やナイフで削り、漆を何回か塗って仕上げますが、その塗りがどうしてもうまくいきませんでした。
 人工漆カシューを使っていましたが、むらなく塗るのは難しく、また、適量塗ったつもりでも、しばらくすると液が垂れてきて、何本も筋が出来てしまったりします。そうなると、いくら目の細かい紙ヤスリを使っても消せません。
 技術的に未熟ということに加えて、十分に乾燥するまで待てない、というせっかちな性格も災いしていました。
 そんなとき図書館の掲示板で「一貫張り教室」のお知らせを目にしました。TAMA市民塾主催の講座案内で、英会話やパソコン、ヨガ、茶道など、10講座ほど並ぶなかに見つけました。
 一貫張りとは一般的には竹カゴやザル等に和紙を何重にも貼り、その上に柿渋を塗り重ねた日本古来の生活民具です。ということは落としを制作するのにも使えるはず。漆の代わりに柿渋を使ったらどうだろうとひらめきました。
 パンフレットは見当たりませんでした。案内は掲示板にはられたその一枚だけのようです。「TAMA市民塾」の名前を覚えて帰り、さっそくインターネットで検索してみました。
◇TAMA市民塾
 TAMA市民塾は公益財団法人で、東京市町村自治調査会・多摩交流センターの自主事業として平成7年10月に発足したとあります。基本理念は“地域交流”“世代交流”“国際交流”の「3つの交流」。一般公募した市民講師とボランティアスタッフ、及び多摩交流センターの協働により営利を目的とせず運営されている、といったことがわかりました。
 東京都の多摩地区限定の講座のようです。1年に2回、10月と4月に塾生の募集があり、図書館で見たのは10月から半年の講座でした。費用は12回で6千円。1回2時間の講座であることを考えると、信じられないくらい格安です。
 会場となる多摩交流センターは府中駅北第二庁舎の6階にあり、最寄り駅は京王線の府中駅でした。武蔵小金井駅や西国分寺駅からバスに乗って、あるいは武蔵野線の府中本町駅から歩いて行くというルートもあるようです。申し込んだ後、さっそくルートを検討しました。応募者多数の場合は抽選ということだったので、あとは受講できるように祈るのみです。
 幸い当選し初日に参加すると受講生は約30名でした。名札に名前と居住する市町村を記入して首からぶらさげます。ひとグループは5名から6名、みな初対面ですが、名札に書かれた市名が話の糸口になりました。
 TAMA市民塾のスタッフから挨拶があり、ボランティアの運営なので、机の並べ替え、資料の配布、後片付けなどは塾生が行う旨を説明されました。6つにわかれたグループの班長さんをそれぞれ選び、その方たちが早く来て準備にあたります。
◇講座内容と一貫張りの手順
 次に講座内容の説明がありました。資料や教材の配布があり、実際に一貫張りした作品も見ました。生徒が制作する作品は3つ。直径10センチほどの平ザル、豆腐一丁が入る、底が丸くなったザル(豆腐ザル)、そして最後に卒業制作として作成する直径30センチほどの大ザルです。大ザルには壁に掛けられるように取っ手がついていました。加飾(デザイン的な仕上げ)をしてインテリアとして使えるようにするそうです。
 実際の作業は2回目からスタート。助手の方が手本を見せてくれました。みな、じいっとその手元を覗き込みます。
 平ザルの縁から和紙を貼っていきます。和紙は色違いのものが2枚。下張り用と上張り用で、黄色い和紙を最初に貼り、十分に乾燥させてから次に白い和紙を貼ります。順番はどちらでもよく、2枚を色違いにするのは、貼り残しを防ぐためです。
 糊はそのままではなく水で薄めて使います。ステイック状のものではなく、小学校の工作で見慣れた、チューブのヤマト糊を指定されました。
 糊の濃さは、容器を傾けたときゆるくたれてくる程度。和紙は折ったところに水をつけて裂くときれいにちぎれると説明がありました。ハサミは使いません。
 縁に貼る和紙の大きさは、縦は外側の高さ+縁の幅+内側の高さ+のりしろ。横はカーブして丸くなっているところに貼るので、2センチから3センチ幅といったところでしょうか。この紙を、継ぎ目は少し重ねて平ザルの縁を一周するまで何枚も貼っていきます。
 糊はたっぷりつけます。下張りのときは本体の竹にも糊を塗るといいようです。
 糊をつけるのは和紙の表側。表面を裏側にしたほうが、繊維がうまく混ざり、継ぎ目が目立たないということでした。これは実際に小さくちぎった紙で、破れたところを補修してみて納得しました。乾くと、どこに貼ったかわからなくなります。
 もちろん糊は裏側につけてもかまわないのですが、先生は「ツルツルしたおもて面よりザラザラの裏面のほうが風情があって私は好きです」とおっしゃっていました。どちらかに統一してあればいいようです。
◇作業の様子あれこれ
 「和紙と素材部とを密着させ、空気を入れないことが、この作業の重要ポイントです」と、先生は何度も力説しました。少しでも空気が残っていると、後で破裂することがあるそうです。せっかく作った作品に穴をあけた経験が、先生でもあるといいます。
 そうならないために道具も自作しました。割箸や菜箸などを短く切って、先を削ったものを、太さを変えて何本か作りました。網目が複雑に入り組んでいるところや、溝をうまくつぶすため使います。そうして細部まで和紙がぴったり貼れたら、さらにその上から絵筆でこすればカンペキです。
 割箸などのほかにも、それぞれが使えそうなものを調達して見せ合いました。お茶席で使う、金属でできた菓子切りはどうだろう、と思いつきました。使い勝手がよく重宝することになりました。
 平ザルの底と裏は、平なので、それぞれ1枚の紙を貼るだけですみました。糊をたっぷりつけて、まん中から絵筆や割箸でこすっていくと、網目の模様がきれいに浮き上がってきます。
 これで第一段階は終了。これに上張りの紙を同様に貼って柿渋を塗ることになります。ここで先生から「乾燥後、必ず空気が入っていないか確認し、あればヘラや指などでつぶして空気抜きをしておくこと」という注意がありました。
 次に豆腐ザルの下張りの説明を聞きました。柿渋を塗るのは二つのザルを仕上げてから一緒にということです。
 豆腐ザルは平ザルと違って丸底なので、一枚の紙で底を貼るのは無理でした。何枚かの紙で貼っていきます。中央の部分はまだ平らなのでなんとかなりましたが、端は三角にしたりと工夫が必要でした。
 立体の物を平面の紙で覆うわけで、しかも密着して隙間なくということになると、当然うまくくるめない部分が出てきます。「網目が深い場所は和紙が浮かないように、目に沿って埋め込むように・・・」と説明されても、みなコツが分からず四苦八苦。「センセー、お願いします」の声にこたえて先生は大忙しでした。
◇柿渋について説明
 ここまでで5回の講習が終わり、6回目からはいよいよ柿渋の学習です。小分けにされた柿渋液を前に先生の説明を聞きました。
 植物は傷ついたとき、体内で作る成分によって、自身を防御する機能を持っているそうです。柿の場合、この働きをする成分がタンニンという物質で、空気中の酸素と反応して科学変化を起こし、堅い被膜となります。このバリヤーで、侵入する病原菌や小動物、紫外線などの有毒な物質から組織を守るのです。人間の体で言えば、血液中の血小板と似た役割をします。
 カキタンニンの、硬化して被膜になる性質は、柿渋の最大の特徴で、昔から漁網や和紙、木材などの防水や素材強化に利用されてきたといいます。一度固化したものは形状を変えることはありません。
 純粋な柿渋原液は、長期保存しておいても腐敗することはなく、漆と違ってかぶれません。
 ただ柿渋は柿の果汁を発酵させてつくるので、特有の発酵臭があり、以前はクラフト作業には使えなかったと先生から説明がありました。隣家まで届くような強い匂いで騒動になりかねなかったといいます。現在はこの匂いを取り除いた無臭柿渋液があるので、クラフトにも利用でき、一貫張りの教室もたちあげることができたそうです。
◇柿渋を使っての作業開始
 柿渋は大気にふれて発色し、時間の経過とともに色の変化も進むので(発色が落ち着くのに1年ぐらいかかる)、まずそのサンプル作りから始めることになりました。1枚の細長い板にエンピツで7等分の線を引き、左から何も塗らないまま、次は1回塗った場合、その次は2回塗り重ねた場合、と7段階の変化が一目でわかるものをつくります。この板が、何回塗り重ねればいか判断するときの目安になります。
 柿渋液は通常、水で2倍に薄めて使うということなので、板の表側を2倍にうすめたサンプル用、裏側は原液を塗って同様のものを作ります。10日おきぐらいに両面をそれぞれ塗り重ねて、1ヶ月半ぐらい、かかって仕上げました。
 できあがった2つのザルに柿渋を塗ってみました。1回目はうっすらと茶色に色がつく程度です。最低でも3回から4回は塗る必要があると説明を受けました。でも漆と違って色むらになりません。乾燥させている間に、液だれするようなこともありませんでした。普通に絵筆を走らせればよく、漆のときのように緊張しなくてすみました。
◇卒業制作に取り掛かる
 並行して最後の大ザルの下張りにとりかかります。これは卒業制作になるので、柿渋を塗ったあと加飾します。押し花や切り絵、古文書和紙、民芸紙、古布を張ったり、墨液で文字を書いたり、絵を描いたりしてインテリアに仕上げます。先に仕上げた2つのザルで、まずは練習します。
 下張りも3回目なので少しは慣れたとはいえ、大きな作品なので大変でした。和紙を貼る面積も広く、微妙なカーブや取つ手のまわりなどは、こまかく和紙をちぎってコツコツ埋めていくしかありません。大きめに切って楽をしようと思っても、結局はぴったりと貼れずにやり直しです。急がば回れでした。
 柿渋も今回は最低で、6、7回は塗ってくださいということだったので、家でもずいぶん作業をしました。その間中、どういうデザインにしようか悩み続けました。
◇加飾して完成したものを発表
 まわりを見渡すと、みな日ごろの力量を発揮して、日本画で花を描く人もいれば、習字を習っている人は自分が書いたものを持参します。ほかにも着物の端切れを組み合わせたり、好みのイラストを切り抜いたり。豆腐ザルをボックスフレームにみたてて、たぶん手製だと思われる動物人形を飾る人もいました。驚きの連続です。先生は一人ひとりにアドバイスしてまわります。
 途中で気づいたのですが、柿渋の色合いがみな微妙に違いました。同じ濃度で同じ回数塗っているのだから、本来なら均一になるはずなのに、驚くほど違っています。お互い見せ合っては、不思議と笑い合いました。
 最終回は皆の前で作品発表です。あらためて感心しきりでした。家族旅行の写真を、四季にわたって貼り付けて、思い出のアルバムにしたり、5色の色紙で、2020年に開催が決定したオリンピックを表現したりと、みな工夫して作品に仕上げています。
 これで教室は解散になりますが、和紙や柿渋液を追加で購入した人が何人もいて、これからも一貫張りを楽しむようです。
◇柿渋を落としや竹染めに使ってみる
 もともとが落としの塗りに柿渋を使えないかと考えて参加した講座だったので、途中で実際にためしてみました。思ったように発色しなかったので、墨汁を柿渋に加えて色を濃くして塗ることもしてみました。でも満足のいく出来上がりにはなりません。落としなので、水がもれなければそれでいいのですが、できれば好みの色にしたいと模索中です。
 柿渋液で竹を染めることにも挑戦してみました。こちらのほうも手探り状態で今のところ失敗ばかりです。原液を使うのか、それとも薄めるのか。薄めるとしたらどのくらいの割合で? その場合、水の温度は? 染める時間はどれぐらいか、といったことがまったくわからないのです。
 授業のとき、柿渋液で染めた布製バックを先生に見せてもらいましたが、きれいな薄桃色でした。そのときに詳しく説明を聞いておけばよかったと後悔しました。もともと竹は皮をむいてあっても染まりにくい素材なので、試行錯誤するしかないようです。
 ちなみに一貫張りは一閑張りと同音ですが、一閑張りのほうは柿渋ではなく漆を使います。寛永時代(1680年ごろ)戦乱を避けて中国から来日した飛来一閑が伝えた技法だそうです。
 一貫張り、もしくは一閑張りとして認識されるのは、近世に入ってからですが、古来から漆と柿渋は日本人の暮らしになくてはならない素材だったようです。
◇柿渋の効用について
 柿は弥生時代以降(漆も同時代)、列島にもたらされ、急速に社会に広がって、最も親しみ深い果樹の一つになります。そして、小さな実のなる渋柿の木は、干し柿用というより、むしろ柿渋をとるために植えられました。
 柿渋は渋柿の未熟な青い果実を潰し、搾り、発酵させることによって得られます。人々は青柿の果汁を木や布に塗ると膜ができて防水になることや、渋みが防虫防腐効果をもつことを経験として知っていたようです。
 プラスチックもステンレスも除湿機もなかった時代、大切な生活道具を長持ちさせるために、柿渋は貴重なものだったのです。特に自給自足的な農山漁村では、日常的に柿渋を利用したため、各家の庭には1、2本のマメガキが必ず植えられたといいます。
 でも柿渋が当たり前にあったのは昭和30年ごろまでで、化学繊維や化学塗料が普及するとその利用は激減しました。ただ近年、その有用性が見直され、再評価されています。
 化粧品、食品添加物、医薬品など、工業的利用が進んでいます。また、環境汚染が問題になって、天然物質利用が志向されるなかで、塗料や染料としての伝統的利用法に注目が集まっているようです。
 「柿渋染め」の作品を発表する洋服デザイナーやクラフト作家など静かなブームになっています。
 現在は、生活の場から離れてしまったかもしれませんが、今回の教室のように、再び身近なものとして復活してくるのを期待したいと思います。
 有意義で楽しい講座でした。
 参考文献
 ・TAMA市民塾「柿渋クラフト講座」資料
 ・創作市場36「柿渋に遊ぶ」マリア書房
 ・「藍から青へ」石田紀佳著 建築資料研究社
 ・「日本」とは何か 網野善彦著 講談社
◇「その後、落としについて」
 何度か試みましたが、結局、落としに柿渋を使うことはあきらめました。漆と比べると、どうしても見劣りします。
 困ったまましばらくいたのですが、ある日、「拭きうるし」という技法があることに目を留めました。表面を滑らかにした竹の丸筒に、漆を塗ったら、布ですばやく拭く技法です。
 底を塗ったらすぐ拭き、胴の部分はこまめに、塗ったら拭くを繰り返して一周し、ついでに中も塗って拭く。普通は底、胴、中と別々に時間を置いて作業しなければなりませんが、これだと、1回で作業できます。布ですぐ拭きとってしまうので、色むらや液だれも防げます。
 ただすぐ漆を拭きとってしまうので、たいして色は付きません。でもそれを6、7回繰り返せばきれいな艶がでます。
 最初のうちは、そうした作業の最後に、普通に漆塗りをしていました。表面がなめらかになっているので、最後の1回だけ、注意深く刷毛を動かせば、それほどむらなく仕上げることができました。
 場合によっては、最後まで「拭きうるし」にすることもありました。
 伝統工芸展のような展覧会ではまずいでしょうが(落としの出来不出来が審査の対象になります)立体造型などの展覧会では、これで十分です。
 ほっと胸をなでおろしました。
 (2022年4月)
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