竹工房資料室 佐々工房
読み物 > 「竹のこと通信」⑦朝倉彫塑館と竹
令和元年9月(2019年)
朝倉彫塑館と竹
◇まずは向島百花園を散策
 梅雨に入ってすぐの6月、友人と向島百花園と朝倉彫塑館を見学にいきました。あいにくの雨の中、午前中は、向島百花園を散策しながら、先日あった知人の展示会のことや近況を報告しあいました。
 2人で応援している若い竹職人の展示がひと月ほど前にあって、スケジュールがあわなかったので、別々に見に行ったのですが、2人のオバサンが、その若者の将来を気遣ってあれこれと知恵を出し合います。本当によけいなお世話でしかないのですが、若い職人の生活を心配したり。といっても実際できるのは展示の案内が来れば行く、ということぐらいなのですが、それでも長生きしてる分、見聞はあるので、この間も、手に入りにくい資料を届けたりしました。
 友人には、夫婦で若いころから陶芸をやっている姪がいます。はじめは、それだけで生活していけるか心配したそうですが、徐々に力をつけて、今は東京のデパートなどで、定期的に展示即売会をひらけるまでになったといいます。そのたびに作品を買ったり、注文したりして、後援してきたそうで、その姿と重なって見えるのかもしれません。竹細工の若い職人にも、がんばってほしいので、これからもできるだけのことはしよう、と話がまとまりました。
◇雨の中、朝倉彫塑館へ
 本降りになった雨の中、次は朝倉彫塑館へ向かいました。庭を含む家の中の様子が面白いということで、前から気にはなっていたのですが、彫刻自体にあまり興味がなかったので、それまで行ったことがありませんでした。彼女も、館の前は通ったことはあるけれど、中に入るのははじめてだそうです。
 でもなぜ「彫塑館」というのか。聞き慣れない言葉です。これは後でホームページを調べて納得することになりました。
 ホームページの説明によると「彫塑」とは、彫り刻む技法「彫刻」と形づくる技法「塑造」を組み合わせた言葉だといいます。提唱したのは大村西崖という朝倉文夫の先生で、朝倉はこの言葉にこだわりをもち、「朝倉彫塑館」と命名したそうです。しかし現在では「塑造」をふくめて、広い意味で「彫刻」と呼んでいて、この言葉は定着しなかったようです。
 彫塑館へはJR日暮里駅から歩いて10分弱ほど。雨脚が少し強くなってきましたが、それほど濡れることなく着きました。
 入館料を払った後、靴を脱いでスリッパにはきかえ(専用スリッパの利用のみ。はだしや靴下だけでは入れない)まずはアトリエを見学です。
 美術の教科書で見たことのある「墓守」の像に迎えられ、大隈重信像などを見て回りました。天井が高く広々とした空間に代表作が並んでいます。「徹底して自然主義的写実を貫いた」という作風で「市川団十郎像」などは向こうから見られているような気がして、思わず目をそらしてしまいました。
 順路にしたがい次は書斎へ。ここも広々としていて、三方の壁が天井までとどく書架になっています。蔵書や収集品がぎっしり。落ち着いた雰囲気で、思わずこんな書斎が欲しいと、2人で声をあげてしまいました。展示台になっている畳2畳ほどの木製のテーブルは、竹組みの作業に便利そうです。
◇水が満ちた中庭に驚く
 「朝倉彫塑館」は「彫刻家、朝倉文夫のアトリエと住居だった建物で、朝倉がみずから設計し細部にいたるまで様々な工夫をこらした」といいます。実際、縁台の板の丸い形状や障子の桟や窓の形など、随所に、デザイン性に富んだ意匠が見られて楽しいこと、このうえありません。
 なかでも見ものはやはり中庭で、南北約10メートル、東西約14メートルの敷地のほとんどが、豊かな水で満たされています。庭が水だらけなんて、と思わず2人で顔を見合わせてしまいました。
 回り廊下の庭園なので、建物のどこからでも見ることができ、入ったときからチラチラと目の隅には入っていたのですが、あらためてみると驚き以外の何物でもありません。
 どうやって水を循環させているのか、何ヶ所か、水が湧き出ているところがあります。水底はのぞいてもみえないので、どのくらいの深さなのかわかりませんが、鯉が何匹もゆうゆうと泳いでいるので、容積は見かけよりありそうです。そこに選りすぐられた巨石と樹木が配置され、石の渡り橋などもかかっています。家人がそこに立って、あるいは縁側や部屋から庭を眺める様子を想像しました。うらやましい限りです。
 「アトリエと住居に四方を囲まれた中庭は、朝倉の考案をもとに造園家西川佐太郎が完成させたものです」と館内の説明パネルにあり、添えられた写真で、建物が先に完成していたことがわかります。ということはいくつもの巨石をどのように運んで中に入れたのか、これらの水がどこからか漏れて隣の家まで行くことはないのか、疑問はつきません。建物の下まで水は続いているようなので、家がこれでは湿気るのではないかと、2人でよけいな心配もしました。
 巨石が雨に濡れてすべらかに輝き、おちついた風情でした。雨の日に来てよかったのかもしれません。晴れて、陽がカンカンに照った真夏だと、受ける印象は違っただろうと思います。ただ雨のため、屋上にあがれなかったことが残念でした。
 「コンクリート建築の屋上に作られた庭園は、日本の屋上緑地化の先駆け」だそうで、菜園やオリーブの木や四季咲きのバラなどが季節を通して楽しめるということでした。朝倉の彫刻もあって、通りから見上げると、屋根に、その坐像がのっているように見えます。
◇彫塑館の変遷と竹
 彫塑館の入り口とは別に住居用の玄関もあって、落ち着いた風情です。入り口から、玄関まで続く竹塀の修繕を、友人の実家が(竹屋さん)何年か前に請け負ったということでした。
 この建物は朝倉の遺志により公開され1986年に台東区に移管されて「台東区立朝倉彫塑館」になりました。その後、建物が有形文化財に登録され、敷地全体が2008年に「旧朝倉文夫庭園」として国の名勝に指定され2009~2013年にかけて保存修復工事をしたということなので、このときに竹塀も作り直されたのかもしれません。
 部屋のなかにも随所に竹が使われているところがあって、建材としての竹の役割に思い当たります。今では壁には壁紙をはるのが一般的ですが、彫塑館ではちょっとした壁面に竹が並んでいたりします。
 茶室や店舗の意匠として、そうしたものを見ることがありますが、一般の家の内装に竹を使うことは、今は、あまり見かけません。
 経年で竹が割れて見栄えが悪くなったり、手入れをどうしたらいいのかわからない、ということもあるのかもしれません。利便性が考慮されて、いつのまにか、種類も豊富で手入れも簡単な壁紙にとってかわられたのでしょう。
 建物を出ると雨脚が強くなっていたので、近くの甘味処で休憩。来館の感想をあれこれと述べ合いました。なんといっても水の庭は驚きで、友人は、天気の日に、次回は来て、屋上も見たいと言っていました。建物を建てた彫塑家の美的センスに感服した一日でした。
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